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**赤岩大天狗 [#k7cd1c3f]
「万中の天狗様」 天狗岩洞門
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万中集落の東にかなり高い峰が北から南に横たわっている。峰の南端の県道に臨んだ東向きの場所に、絶壁をなした険しい崖がある。面積も広く見事な岩である。「天狗岩」とよばれ、上に天狗を祀った祠があり「赤岩大天狗」雄天狗がいた。川をはさんだその向かいの花尾にも「天狗岩」があり、「平岩大天狗」雌天狗がいた。
雄天狗も雌天狗も太鼓が大好きだった。村祭りが近づくとわくわくした。村の若者たちがそろってやってきて、天狗岩の祠に向かって「太鼓打ちに力を貸して下され」と、頭を下げて頼んだ。若者たちが太鼓を打ち出すと、雄天狗も雌天狗も力を込めて太鼓を打ち鳴らした。村の若者たちが打つ太鼓も息ぴったり合って盛り上がっていった。
スットン スットン スッタッター スットン トントン スタスタ イヤハー ・・・・
 それがいつの頃からか、天狗の祠をお参りする村人も減り、祭りの太鼓の力添えを頼みに来る若者の姿もなくなった。
明治の初めころだった。岩の上でしきりに太鼓の音がするので、みんなで見に行ったが、その岩の上には誰もいない。村人は気味悪がって。万中の浅之助という山伏にお願いして、座を建ててみた。「その昔、岩の上の祠に奉られた赤岩大天狗の仕業である。」という。「おそらく、村人の暮らしを見守っていた赤岩大天狗が村人に忘れ去られ、業を煮やしていたずらしたに違いない。」さっそく村人は、大岩の下にある洞窟に拝殿を建て、「大岩神社」と名付けて神楽などを奉納し、大切に供養することにした。その後、明治四〇年「大岩神社」は「青具神社」に合社されたが、むかしの祠は、今もその名残(なごり)を残している。

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